今から15年近く前に書いた小説。今まですっかり忘れていたが、先ほどハードディスクを見ていたら出てきた。最終更新日が2002年3月11日なので29歳かな。まだ熱い気持ちがあったんだなぁ、とか、この小説を読んでいて思い出しました。

個人的には読んでいて辛い小説だし、第三者から見ても読みにくい小説だけど、今まで作った小説で一番気持ちを込めて書いているので、読んでいただければ幸いです。

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8月の長い夜

喧騒とタバコの煙。僕は待っていた。
「どうしたの?誰か探しているの?」
向かいに座っている柿崎がタバコをふかして訊いてくる。
「いや、いいんだ。別に。」
そう応えて、自分も胸ポケットからタバコを取り出し、口に咥える。
「そういや、松田くんがタバコを吸う所、初めて見た。前から吸っていた?」
柿崎がタイミング良くライターの火をタバコに近づける。柿崎もいつの間にかヘビースモーカーになっていた口だ。
タバコの煙を肺に吸い込み、天井に向けて大きく吐き出す。
「吸っていたよ。まぁ、一日に何箱って吸う訳じゃないけどね。」
「へぇ、そうなんだ。松田くんってタバコってイメージないんだけどなぁ。」
「それって俺がお坊ちゃんってことか?」
「解っていたらよろし。」
柿崎がニヤニヤと笑う。割と美人系の顔立ちなのだが、口が悪いのが玉に瑕だ。
「そういや、まだ田中が来ていないよな。どうしたんだろう?」
今回の幹事の橋口が携帯電話の時間を確認して言う。いきなりその名前が出て、僕はピクリと身体を動かす。
運良くその様子は誰にも見られていなくて、柿崎が橋口に言う。
「今日はドライブに行ってからこっちに来るって聞いたけど?」
「へぇ、そうなんだ。お相手って誰なの?」
柿崎の仲良しの神田が柿崎に訊く。僕はそのことに関心を持っていることを悟られなくて、別方向に顔をそむけていたが、耳はこの二人の会話の一言一句を聞き逃さないようにしていた。
「林くんよ。最近二人でいること多いじゃん。」
「ええ!あの二人付き合ってるの?」
「知らなかった?結構前からだよ。」
僕は危うく手にもったビールのグラスを落としそうになった。動揺を隠し切れなくなっていた。
橋口が二人の会話に割って入った。
「そういや、俺もあの二人は怪しいなぁとは思っていたんだが、そうか、もう付き合ってるんだ。」
「そうよ。結構アツアツって感じ。」
「田中って付き合ってるんだ・・」
僕は呟くように独り言を言ったのだが、柿崎は聞き逃さなかった。
「どうしたの?残念?」
僕は一気に顔が熱くなっていくのが解った。だが、飲み会で既にアルコールが回っている皆は、そんな細かい僕の様子に気を取られることはなかった。
「いや、別に。そりゃ幸せなことだ。」
「まぁ、あの子も今まで色々あったからね。最近明るくなったし。」
その色々な事を知っているのだが、明るくなったという言葉には少し傷ついた。
「この前の花火大会も二人して浴衣で着ているのよ。」
柿崎は得意げにしゃべり続けた。僕には反論したくてもできない。田中と林が二人で会話していると自分がその中に入っていけないと実際に思っていたからだ。
「ふーん、なんか悔しいね。人が幸せなところを見るって。」
神田がおどけて悔しげなそぶりで言う。でも目では笑っている。田中の幸せを一番願っているのは神田だったからだ。
その時、橋口の携帯の着メロが鳴った。橋口が取ると皆に合図を取った。
「うん、うん・・・・じゃあ15分後ね。オッケイ。料理は残しておくよ。うん、うん。」
携帯の着信を切ると、橋口は皆に云った。
「今、○○駅だって。車を置いて来るそうだ。」

酔いが回り、少し休憩を取りたくなった。
飲み会のメンバーは次々と増え、最終的には20人を超えていそうだ。すでに2時間を越え、全員が酔っ払いになっている。
一回トイレに行こうとテーブルを抜けようとして、そこでテーブルに座る田中と目が合う。
「なんとか、料理は残っていたようだね」
「そうそう、危なかったぁ」
田中がニコリと笑う。僕も少し微笑むが、表情はやや固かったかもしれない。
「松田さん、もう酔っ払ってるの?なんか・・・。」
「ちょっとハイペースだったかな。貧乏だから飲み放題だとガンガンいくんだよな。」
「じゃあ、もう一杯、ハイ。」
田中がビール瓶を差し出す、一瞬嫌そうな顔を作ってから、大きくため息をつくと、手近にあったグラスを差し出す。田中はニコニコとグラス一杯ぎりぎりまでビールを注ぐ。少しでも動かすとこぼれそうなので、慌てて口をつける。その様子を見て、笑う田中であった。
「ちくしょう、ほれ、僕も注いで上げるよ。」
田中の手からビール瓶を奪うと、田中の座っていた目の前にあるグラスに注ぐ。
「へへん。わたし、もうチューハイなんだよぉ。」
背後に置いていたのだろう、いつの間にか手にチューハイの入ったグラスを取り出す。
「チューハイも残り半分じゃないか。じゃあ、追加注文ね。」
「あぁ、頼んじゃダメ・・・。」
そういう前に、田中の横に滑り込んできたのが、林であった。
「はいよ。カシスソーダ。」
「これって林くんが頼んでいたものじゃないの。」
田中が口を膨らませて林を睨む。一瞬僕の心に痛みが走る。
「間違って二つ頼んだんだ。田中もカシスソーダ好きだろ。」
「まぁ、いいけど。そんなに飲めないよ。」
なんとなく会話に入りにくくなったので、そのままフェイドアウトするように、席を離れようとした。目を離したその時、一瞬林が僕を睨んだかのように感じた。もう一度二人に視線を戻しても、林と田中が会話しているだけで、特に変わった様子はなかった。
しかし、僕にははっきりと感じた。林は僕が田中に好意を持っていることに気が付いている。
そのままトイレに入り、用を済ませ、手を洗おうと洗面所に立ったとき、鏡に映る自分を見る。
そこには情けない表情をした自分がいた。
林は基本的にいいやつだということは解っている。前から田中の為に動く事も多かったし、田中に好意を持っていても不思議ではないし、むしろ幸せに出来るだろう組み合わせだという事もわかる。
しかし、だ。僕はどうすればいいんだ。僕の中の気持ちは。
じっと鏡に映った自分の眼差しを見つづける。実は僕の中では結論が出ているのではないか、とも思う。
そんな時、橋口がトイレへと入ってきた。鏡に映った橋口は、ちらりと僕の様子を見ると、そのまま用を足しに奥へと向かった。
「田中、元気だったな。」
「あぁ、そうだな。」
「久々な感じだよな。神田も田中と話していたし。」
神田と田中・・・田中の兄と付き合っていた神田が、田中の兄の裏切りにより酷い別れ方をしたのだ。
「で、どうするんだ?田中をこのまま林と結びつけるつもりか?」
いきなり核心に入り、僕は息が詰まる。橋口は前から僕が田中に好意を持っていることを知っている。
「結び付けるも、何も・・・。」
「もう手遅れだと思ってるんじゃないだろうな?田中に一番近かったのはおまえじゃないか。一番信頼しているのも。」
そうなのだ。田中と神田の事情を知っているのは極一部の仲間内だけなのだが、田中が最初に相談を持ちかけたのは、僕だったのだ。
「・・・。」
「まぁ、こればかりは当人同士の問題だとは思うから、これ以上は云わないけど。」
橋口は用を済ませ、僕の横で手を洗う。
「最後に明らかになるまで、手遅れなんてないんだぜ。田中の口から林と付き合っていると聞いたのか?」
橋口の言いたい事はわかる。しかし、僕はこのことに決着をつけるのが怖かった。決着をつける、白黒をつける、もし、白だったらいいのだが、黒だった場合、僕と田中の関係が終わる。それが怖かった。すべてが明らかになるのが怖かったのだ。
「僕は・・・僕には勇気が無い・・・ごめん。」
橋口は僕の様子を見ると、そのまま無言で乾燥機で手を乾かし出て行く。僕は静かに瞼を押さえる。いつの間にか涙が出ていたのだ。

二次会はカラオケ屋、三次会はまた飲み直しと、ハシゴをしていく。ぼちぼちと人が少なくなっていくのだが、それでもまだ8人残っていた。
全員もう飲めないくらいに充分酔っ払っているのだが、一向に勢いが止まらない。午前2時を過ぎても、まだまだ話し足りないぐらいだ。
その中、いつの間にか林が酔いつぶれていた。林の崩れた姿を見るのは初めてであった。そんな林を介護する田中を見るのは辛い。出来る限り意識しないように、僕は橋口らとの話に没頭していった。
やがて店も閉店の時間となり、ようやく飲み会もお開きの雰囲気となった。
橋口が店の人間と会計の話をしている横で、僕は田中と林の様子を見ていた。
林は顔を真っ赤にして、フラフラと独りでは立つ事が出来ない。肩を貸しているのが田中。田中も酔っ払って顔を真っ赤にしているのだが、彼女は昔から酒には強いのだ。僕も負けるかもしれない。
会計を終えると橋口は林のところへ近寄り、肩を揺する。
「おーい、起きてるか?おまえ車どうするんだよ?」
「・・・うーん・・・。」
橋口は諦めたように田中へと向いて喋った。
「どうする?車は他に二台しかないんだよな。持ってる奴も方向が全然違うんだよ。」
「どうしよう・・・。」
「そうだ、松田は確か、タクシーで帰るんだよな。」
橋口がいきなりこちらに話題を振る。僕はビクッと身体を振るわせる。
「たしか私鉄方面の駅だよな。松田の家が途中って訳じゃないけど、俺がその次に来ると、林を車に放り込んで最後に田中の家に向かうんだったらルート的にも悪くない。」
「橋口はバイクで来てるんだろ?」
「バカ、これだけ酔っていてバイクに乗れるわけないだろ。俺も一緒にタクシーで帰るよ。」
居酒屋の入ったフロアから一階へと降り、それぞれの方角の者たち同士一緒に別れていった。
田中の代わりに僕が林へ肩を貸す事にし、橋口がタクシーを呼びに大通りへと向かった。
「外は相変わらず暑いなぁ。」
居酒屋から出てきて、熱帯夜が相変わらず続く八月の夜だった。
「そういや今年は泳ぎに行くって話ないよね。」
田中が薄明るくなってきた夜空を見上げながら僕へと言った。
去年は今集まった中の五、六人で海水浴へと泊まりででかけたのだ。僕も田中も参加していた。今年も話はあったのだが、僕はあまり乗り気ではなかったので聞き流していたのだ。
「話はあったみたいだよ。」
「ん~?わたし行きたかったな。去年も楽しかったし。」
そこで橋口が戻ってきた。どうやらタクシーが捕まったようだ。
大通りまで出ると、僕は前部座席、林を挟んで田中と橋口が後部座席へと納まる。
僕はバックミラーで後部を眺める。林が田中の肩へ頭を乗せて真っ赤な顔のまま目を瞑っている。田中は心配そうにそんな林を眺めている。
そこで橋口の視線に気がつく。僕は橋口の気遣いにようやく気が付く。橋口は僕に最後の機会を作ったのだ。
僕も多分これが最後の機会だと感じていた。感じていながら僕には田中に話し掛けることさえ出来なかった。林を気にしたのもあるが、やはり最後の勇気を出せなかったのだ。
「・・・・す・・・好きなんだよ・・・・」
ビクリとして後ろを振り返る。林は相変わらず目は閉じたままなのだが、頭を田中の肩から外し、俯いた状態になってボソボソと言葉をだしていた。
「好きなんだよ・・・田中・・・・好きなんだ・・・・」
田中のビックリした表情。橋口のやけに冷めた表情。僕はどんな表情をしていたのだろう。
「好きなんだよ。田中。好きなんだ・・・好き・・・・」
田中の肩に顔を押し付ける林。一瞬道路灯で見えた田中の表情も暗くなり見えなくなる。橋口は僕に目線を送る。終わりだと。
僕は衝撃を覚えていた。ショックだった。
「・・・どうしようもないんだから、もう。車の中に放って帰っちゃうよ。」
田中は肩にうずめた林の顔を離し、肩を何回も揺する。
田中が林に何か言っていたようだが、それはすでに僕の耳には入ってこなかった。
タクシーは薄明かりで濃紺と黒で彩られた国道から僕のマンションがある道へと入る。
もうすぐこの状況も終わりだ。もうすでに「何か」が過ぎてしまった後悔を僕は噛み締めていた。そうはっきりと手遅れになってしまったことを。
「どうする?タクシー代?」
僕はカラカラに乾いた喉でしゃがれたような声で、全く別の事を聞いた。
「ここまでの分は僕が出しておくよ。」
「え?いいよ。一番払う事になっちゃう・・」
田中がすぐに応えてきた。しかし僕はすこし突き放した声で答える。
「もともとここまでのタクシー代は払うつもりだったんだから、いいよ」
それがやせ我慢かどうかはギリギリだろう。熱している頭の片隅で、どこか冷めて今の状況を眺めている自分もいたからだ。
3千円近くを払い、僕はタクシーを降りる。橋口は窓越しに悲しそうな表情をしている。いいんだ、橋口は何も悪くないんだ、と言いたかったがいえなかった。
田中に軽く手を上げる。田中の表情が見えなかったが、見ないほうが気が楽だった。
エンジンを吹かし同じ道を戻っていくタクシー。大通りに出て、今度は橋口を降ろしに向かっていく。その後は。
僕は近くのガードレールにすわり、胸ポケットからタバコを取り出すと、それに火をつけ、そして明るんでいく空を見上げた。
思いっきり肺に煙を吸い込んで、そしてゆっくり長く吐き出していく。
僕がショックだったこと。それは先に言われた事ではなかった。むしろ林の田中への想いが真正面に向いていたのを見て、僕は自分の田中への想いを、信じられなくなったのだ。
そう、僕は田中の事が好きだ。しかし林ほど純粋に田中を想っているのか。僕ははっきりと田中に自分の想いを伝える事が出来るのか。
いや、できない。できなかったのだ。勇気が無かったのだ。
僕にはもうこの流れを壊す事が出来ない。林が「好きだ」と言った瞬間の田中の表情は恋する者の表情そのものだったからだ。
虚ろなまま時間だけが過ぎ、空は完全に明るくなっていった。
僕はタバコを足許へ落とし靴で潰すと、立ち上がり背伸びをする。
二人が幸せになること、それは僕が二人の前に現れない事だ。
マンションへと向かっていく。このまま眠ってしまえばいい。心を整理する時間は充分にあるのだから。

すでにYouTubeには全編を公開しているが、2月に日高本線の代行バスに乗ってきたので、その詳細を乗せてみる。

今回通ったルートは以下の通りとなる。

下記のリンク先に当時の時刻表があります。

http://www.jrhokkaido.co.jp/pdf/150120_1.pdf

苫小牧駅は朝の5:30頃に到着。ほぼ人がいない駅前だが、駅構内にはまばらだけど人がいた。

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苫小牧始発の鵜川駅行き。乗車時間は20分弱だが2両で入線。

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車内は一人もいなかったが、最終的には5,6人ほど乗ってきていた。

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終着の鵜川駅。到着は6:16。この記事を執筆時点の4月12日時点においても、日高本線はここまで。自分が乗った時は不通は鵜川~静内間だけだったのだが、結局は静内以降も不通になり、現在は鵜川~様似の日高本線のほぼ全線が不通区間となっている。

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代行バスは2台待機。ただし鵜川駅で乗り継いできたのは、自分一人のみ。いさかか寂しい気持ちの出発が、この記事最初の動画である。

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こっちは2015年2月8日(日)に様似駅から襟裳岬経由で広尾に抜けるバスに乗った際の動画です。

えりも黄金トンネルは道内最長を誇るトンネルだけあって、入口と出口で気候がダイナミックに変わるのにビックリしました。